友達の死が悲しい【この世でのお別れ】

友達の死天国をイメージ

先日友達が30代で急逝しました。長い間疎遠になっていたのに、亡くなった知らせを聞いた時は頭が真っ白になり、パニックになりそうでした。友達との若い時の思い出が頭を駆け巡り、いても立ってもいられなくなりました。

周りのどなたかが亡くなり、悲しい思いに落ち込んだことがある方は多いのではないでしょうか。数年間連絡すらとっていなかった友達が亡くなることがこんなに悲しいなんて、と自分でも戸惑いを感じました。そこで迷いましたが、自分のブログで感情を書いてみようと思い立ちました。

ブログにお越し頂き有難うございます

・友達との別れが辛いことについて書いています。
・悲しい記事のため、今読みたくないという方はページをそっと閉じてください。
(もしくは楽しそうな記事に移動していただけたら喜びます。)
・誰かと急にお別れして悲しみの中にある方心が少しだけでも軽くなれば幸いです。

どうしてこんなに悲しいのか

疎遠なはずの友達が亡くなるだけで、こんなにも悲しくなる自分が不思議に思えています。どうしてこんなに悲しくなったのか、理由を考えてみました。

結婚を機になかなか会えないから

女性の場合、特に結婚や出産で環境が変わると友達と疎遠になりやすいと感じます。私と急逝した友達も結婚を機に会えなくなっていました。彼女が先に結婚して、県外に転居したため数年前の友達の結婚式が最後になっていました。

10代の多感な時期に語り合った仲間でしたが、それゆえに先に家庭を築いた彼女がまぶしく、遠い存在に感じました。そのため新しい家庭を邪魔してはいけない、と気負って連絡を遠慮する気持ちがあったのは否めません。20代早めに結婚した友達と私は何となく話しが合わなくなりお互いに疎遠になっていました。

急な別れに驚いたから

大げんかして罵り合い、絶交することでもなければ、友達にはいつかまた会える、と無意識に考えます。持病でもなければもう会えないとはつゆほども思いません。永遠の別れの時が来て、誰かがかけがえない存在だったと気づくことが私たちは何と多いことでしょう。

青春時代を共に過ごしたから

人は思春期にはありとあらゆることを思いますよね。私もそうであり、世の中のあらゆることを友達と語り合いました。若い頃には海に行ったり、一緒に泊まり込み自分の生い立ちや恋について大切な物語のように共有しました。
青春時代の思い出が昨日のことのように蘇るからなお、この世での別れが信じがたく悲しいです。また彼女の方言、ため息混じりの口癖まで昨日のことみたいにはっきりと鮮やかに思い描けます。

彼女との思い出を少し・・・

彼女は一度会ったら忘れられないようなインパクトを持つ人でした。飼っているハムスターにボナ・ペティと名付け(フランス語で召し上がれ)、ハムスターを一度口に入れてみたいと言ったりユニークなところがありました。(動物愛護の精神から実行はしなかったそう)また本人も小動物のように可愛らしい人でいつも自分のこと以上に人を気遣っていました。

私に折に触れて優しい言葉をかけてくれたのは本人が繊細な心の持ち主だったからです。だからみんなに好かれていました。それゆえに色々と感じとってしまい、数十年前、人生が嫌になって突発的に多量の薬を飲んでしまったこともありました。(その時はこと無きを得ましたが。)
だから、彼女が自死でなく急病で亡くなったことに私は正直ほっとしたような思いもあったんですよ。もちろん生きていて、色々と話しを聞かせて欲しかったですけど。

友達の無念を想像するから

数年連絡すらとっていない友達でしたが、小学生の子供を残して亡くなるとはどんなにか無念だったでしょう。友達のこの世でやり残したことを想像して自分のことのように悲しくなります。

自分の経験とリンクしまうから

私は25歳の時に父を亡くしています。誰かが亡くなるとその時の悲しみが呼び覚まされ、より悲しくなってしまいます。誰かが亡くなることと、私の父の死は全く別のことですがどうしても自分の経験が頭をよぎり悲しくなります。そんな思いをされている方は他にもいらっしゃると思います。

悲しさの中で前を向くために

友達の死悲しみのイメージ

自分がどうして居ても立ってもいられない悲しい気持ちになったのか、理由を考えてみました。では、今後前を向いて進むにどうしたらいいでしょうか。今はまだ前向きになれませんが、考えてみました。

死別に対する反応は様々

私の夫も幼い頃からの親友を亡くしたことがありました。親友の急逝を悲しんでいましたが「(故人とは)長年連絡出来てなかったしね。」と言い、お別れに出かけて行きました。夫は、悲しみの中でも日常生活に支障をきたさないように、行動できていました。(もちろん親友との別れは悲しかったのは言うまでもないことです。)

私は誰かが亡くなるといつもひどく落ち込んでしまうのですが(お世話になった上司が亡くなった時はめまい・耳鳴りがして、肌が化粧品にまけるなど身体に異常をきたしました)夫は、親友と疎遠だったことも鑑みて正しい距離感別れを悲しんでいると感じました。

・友達と連絡をしていなかったのはお互いに忙しかったからで誰のせいでもない。
・自分を責めないこと。
・死別は悲しいが感情を表に出さないようにできる人もいる。

無理をしない【やっぱり別れは悲しい】

どなたかが亡くなるとずーんと落ち込み悲しくなる私は身体にも悲しさが影響を及ぼしてしまいます。そうです、別れは大きなストレスなのです。でも人と自分の悲しさを比べても仕方ありません。私は別れに繊細であることを認めて自分の心と向き合う必要があります。

悲しみが心にあるうちは無理をせず、涙にくれることがあってもいい、そんな弱い自分を許そうと思います。悲しさを我慢して心に閉じ込めてしているといつかのタイミングで爆発してしまうことがあるかも知れないためです。

・誰かが亡くなることはどうしようもなく悲しいこと。
・別れが苦手な自分の心とほどほどに向き合おう。
・人と比べたりせず自分が感じている悲しみを表現してもよい。

感情は毎日様々

友達が亡くなって日が経つと自分の感情が様々に変化することに気づきます。友達の急逝をとても悲しく感じている時もあれば、「どうして亡くなったの?!」と怒りたいような気持ちをになることも。また、亡くなっても彼女は自分の心に生きているのだと、穏やかな気持ちになることもあります。まだまだ安定しない感情に振り回されています。

・感情は毎日変わるので、あまり深入りせず、とにかくその日を乗り越えよう。
・色んな感情を何周もしたあとに真に立ち直れる日がくるのかも知れません。

時間には限りがあることを知ろう

考えたくないことですが私自身もまたいつか死ぬ存在です。どなたかと永遠にお別れをすると故人の有りし日の姿を思い巡らします。また、故人と紐づけて自分史を振り返り、色々なことを考えます。するとやり残したことや、しなくてはならないことに気づくのです。
いつか会いたいと心にひっかかっている友達には会っておこう。今一緒に暮らしている家族と向き合い大切にする。など、精一杯今を生きていきたいと思います。私にとって今日が最後になるかも知れないのですから。

・人生は長いようで短いため悔いが残らないようにしよう。
・時間を大切に。やりたいことは今のうちに。

終わりに

友達の死夕焼けをイメージ

友達が急逝したことについて書きました。どなたかが亡くなったことで、心が整理されていない方を少しでも励ませる部分があれば幸いです。読み返すと何だか恥ずかしい気もしてきますが、自分と向き合うために書いてみました。
悲しみの中にある方が少しでも前に進めますように。駄文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。